あ
足軽(あしがる)
ふだんは雑役を務め、戦時には歩兵となる者。戦国時代には弓・槍
・鉄砲などの部隊の兵士として活躍。
い
石山本願寺(いしやまほんがんじ)
現在の大阪城本丸の場所にあった浄土真宗の本山。明応5年(1496)蓮如が建立したのに始まり、天文元年(1532)山科本願寺が焼かれてのち証如がここを本願寺とした。織田信長と対立し、天正8年(1580)降伏。退去の際に焼失。
院政(いんせい)
院の庁で、上皇または法皇が国政を行っていた政治形態。応徳3年(1086)白河上皇に始まり、天保11年(1840)光格上皇崩御まで断続して行われた。
院庁下文(いんのちょうくだしぶみ)
院政のために上皇の政務機関である院庁から出された文書。
院宣 (いんぜん) よりも公的性格が強いが,官符などとあわさることで効力をもった。院政期ではほとんどが院の所領に関するもの。
う
右近衛大将(うこんのえだいしょう)
令外の官。右近衛府の長官。縦三位相当。多くは大臣・納言などが兼任。右近対象。右大将。
馬廻(うままわり)
大将の馬の周囲(廻り)に付き添って護衛や伝令及び決戦兵力として用いられた武家の職制のひとつ。平時にも大名の護衛となり、事務の取次ぎなど大名の側近として吏僚的な職務を果たすこともあった。武芸に秀でたものが集められたエリートであり、親衛隊的な存在であったとされる。
え
お
大番役(おおばんやく)
平安末〜鎌倉時代,内裏・院御所・摂関家・幕府などの警固役
鎌倉幕府の御家人役の一つになる。京都大番役・鎌倉番役があり、両者とも平時における御家人の奉公で,京都大番役は幕府成立とともに義務とされた。皇居と洛中の警固を目的とし,守護の召集と引率により6か月または3か月間私費で勤番。のち在京人・異国警固番役服務者は免除された。鎌倉番役は幕府を警固するものとして,承久の乱(1221)後,遠江 (とおとうみ) (静岡県)以東15カ国の御家人に課せられた。
尾張守護代家(おわりしゅごだいけ)
尾張守護代である織田氏は元々は尾張守護でもある管領の斯波武衛家の家臣であったが、応仁の乱における斯波氏の内紛に派生する混乱のため分裂しており、それぞれが主家の斯波氏を凌ぎ戦国大名化した。
清洲織田氏(大和守家)は清洲城を本拠に守護斯波氏を奉じ尾張下4郡を支配下に治めており、
もう一つの岩倉織田氏(伊勢守家)は岩倉城を本拠とし尾張上4郡を治めていた。
